|
|
もうひとつの顔、漫画家が漫画家を論じる先駆け。
杉浦茂101年祭展でも凝り性ぶりは遺憾なく発揮された。 |
京都国際マンガミュージアムで開かれた「杉浦茂101年祭展」
会場はみなもと太郎制作の愛情に満ちたキャラクター再現で溢れかえった。
150名以上の漫画家達からのポストカードも杉浦茂の影響の大きさを物語る。
「漫画の名セリフ〜お楽しみはこれもなのじゃ」はこれまで3回に渡って
単行本化された漫画家が漫画家を論ずる先駆けとなった名作だが
(立風書房・河出書房新社・角川書店)
1976年、彼が29才の時「漫画少年」創刊から5年後の廃刊まで書き続けられた。
後半2年分の「なんだなんだなんだ」はいまだ単行本化されていない。
みなもと太郎の博識と新鮮な切り口に彩られたパロディ作品と解説企画は
杉浦茂にとどまらない。
楳図かずお、白土三平、あすなひろし、なかやす巧、永島慎二、赤塚不二夫、
水野英子etc。手塚治虫と横山光輝は本としてまとめられてもいる。
手塚治虫WORLD(ゴマブックス)/横山光輝プレミアムマガジン(講談社)
「ホモホモセブン」から「風雲児たち」まで。
ギャグにこだわり続けマンガから生まれるアイデアは尽きない。
|
|
ホモホモセブンの頃からキャラクターは出揃っていた。
ぼくは少女漫画出身だったし、あの頃は何でも描きましたね。
|
ぼくはギャグと美少女が一緒でも全然気にならない。
だから「風雲児たち」や「冗談新撰組」のキャラクターは最初からいたんだ。
ぼくらの頃イラストレイターが夢だったように、母親の時代は挿絵画家が
目標だった。母親も好きで描いてた ...
|
|
 |
|
|
|